嵐の飛沫が迫る
泡と白波

嵐の飛沫が迫る

暴風の海を突き進む有人潜水艇のバウカメラは、ビューフォート9の荒天がたたき出す泡沫の壁と正面から対峙している。砕ける波頭から水平に飛び散るスプレーと泡の帯が視野を埋め尽くし、海面直下の1メートルほどは無数のマイクロバブルが光を後方散乱させて銀白色に輝き、その奥はボトルグリーンから暗い青黒へと急速に暗転する。この泡沫層は単なる視覚的な現象ではなく、海と大気が最も激しくガスと熱とエネルギーを交換するインターフェースであり、界面活性剤に富んだ有機物フィルムと高密度の微生物群集が濃縮された、海洋で最も化学的に活発な薄層でもある。その泡の帳の中に、琥珀色と淡いピンクに透き通るクリルたちが黒い複眼を光らせながら群れをなし、破砕波が生み出す乱流に身を任せてゆらめいている。気圧差はわずかでも、嵐の轟音と絶え間ない泡の生成・崩壊がつくる生きた格子のただ中に、艇体はいまこうして飲み込まれようとしている。

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